持たないことを、いさぎよく割り切ること。

生きていると、色んなモノを持ちたくなります。

でも、それを全部使うかどうかは別ですよね?

収納にしても、どこかで限界を迎えるのなら、
それを悲しいと思うのではなく、楽しく割り切ること。

そうすると、人生に潔さが出てきます。

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自分に”ちょうどいい量”で生きていけばいい

40歳も手前になってくると、
自分が使うモノ、食べる量がわかってくるようになります。

私も、20代に比べたら・・・量は減りました。

いまは腹八分目がちょうどいいです^^

洋服やバッグも好きではありますが、
沢山あると、使い切ることがムリなのはわかります。

部屋の掃除などの家事も、そうですよね?

広い住まいにあこがれるようで・・・
日々の掃除や片づけを考えるなら、小さい方がいい。

欲しい、広げたい。

でも、ちょうどいい量はそうじゃない。

それがわかるようになってくると、
欲しくても、割り切れるようになっていきます。

欲しいのと、必要な量は違う。

この見極めができないと、手に入れたモノによって
暮らしが支配されるようになってしまうでしょう・・・

持たないなら、ないなりで楽しく暮らしていく

何度かブログでも書いていますが、
私はもともとは、持ち家派だったんです。

でも、いまは色んなリスクを考えていくことで、
家を買うという選択は取っていません。

それで賃貸に不満かというと?

家賃を払い続けることに、あまり抵抗はありませんし、
DIYをしながら、わりと楽しく過ごせています。

ないモノをねだるのは、いつまでもしんどいだけ。

それならば、いま与えられた環境の中で
幸せに暮らせるように工夫していく
ことを、楽しみたい。

逆に資産運用にお金をまわしていくことで
経済的にゆとりを持つ方を選べたこともメリットでした。

ないなら、ないで。

そこから工夫すると、人生は面白くなります^^

幸せに何が必要かは、もう十分にわかっているはず

家族が幸せに暮らせる住まいと、必要なモノがあること。

それは豪華である必要もないし
たくさんのモノが必要なわけでありません。

それは、もう十分にわかっています。

私の友達が
「便利になると思って手に入れても、
 結局は、それが当たり前になって、またしんどくなる」

と、話したことがあります。

次を求めるのではなくて
いまある中で、楽しむように工夫すること

ときには、潔く割り切ることも必要です。

”手に入れたモノは、時間とともに当たり前になる”

このことを理解して・・・
持たない暮らしを楽しんでいきたいなと思います。

ではでは。